にっき

 

カテゴリ:リディアの祈り( 81 )




急遽、日本へ行ってきました

8月7日の夕方我が家に帰国。

2週間前に、私のお父さんが腹部大動脈破裂。
それに加え、心筋梗塞も兼ねて・・。

でも、奇跡は起こるものなのだ。奇跡は起きた。
80歳にもなる人が、このような状態で生還出来たこと。

話を聞くと、10センチほどの血栓が膨らんでいたこと、
あり得ない大きさだったこと、
腸の裏側、背中方面に出来ていたこと、(腸を全て父の体から取り出して、破裂したところを見つけて、止血出来たこと。加え、父は肥満気味ではある)
父が油汗を噴出すほどの痛さに耐え、3度、病院を回ったこと、
病院を回ったたんびに、その都度、病院で最も偉い先生達に巡り会えたこと、
破裂したのが、今入院している病院で起きたこと、
意識はそこでなくなり、心拍停止、蘇生しながらオペ室に入ったこと、

ドクターから、「無理だとしたら途中で(緊急手術)止めます」と言われたこと、
「最後ですから、(父の姿を)見てください」と家族に伝えられて、父をオペ室に見届けたこと、

これが最後だ、と家族の者がみな感じたこと、

父の心臓がまた脈を打って、手術も終わることが出来たこと、

私と主人も日本へすぐに飛べたこと、
銀行から緊急にお金を即日すぐに借りれたこと、
(喪服を用意して、、)
「冷たい手を握りたくない、暖かい手を握りたい」と必死にお祈りしたこと、

父の大動脈破裂後、血が父の体内に全て流れ出し、血が水になって出てきたこと、
(そう聞いたときに、イエスもわき腹を刺されたときに血ではなく、水が出てきて、死んだことを意味する、ということを思い出して、これはやばいと思った)
脳にも、体全体の血が止まったのも5分以上だったこと、

輸血も、タイプをきちんと調べる時間がないほどに緊迫中、比較的に何にでも通じるO型の血液を大量に父の体へ注入できたこと、
後日、輸血のタイプもO型で大丈夫だと知ったこと、

良くて、寝たきり、または脳死の可能性も高いと言われたこと、

こんな状態だった。

これが、ほんの2週間前に起きたこと、

丁度、私達が日本に到着した頃、意識も戻り、意識が戻ったから再手術(お腹をきちんと閉める)が出来たこと、

集中治療室で、人工呼吸器を付けて寝ている父を見て「すごいことになったもんだ・・」と思ったこと、

日本に着いて、1週間は気が気ではなかったこと、
全く眠れず、寝られないときはトイレに篭り、一人祈りをささげたこと、
*イエスが逮捕される!という時期に、イエスが、弟子達に「眠らないで祈っていなさい」との命令があったのを思い出した。
それを頭に入れてお祈りしてたこと、眠気はあるけど寝れないあの気持ちは一切苦にならなかったこと、覚悟は全く出来ないけど、イエスから勇気をもらったこと、

病院の先生たちの技術についてまでも祈ったこと、
父が頑張るように、と祈ったこと、


その祈りが聞かれたこと、奇跡は起こること、

今のところも順調で、リハビリまでしていて、車イスに乗れるほどになったこと、一人で歯を磨くことも出来ること、病院の食事も美味しく食べれること、体の腫れも全部引いて父らしくなったこと、

すでに一般病棟の4人部屋に移り、退院へと頑張れるようになった父の健闘のこと、

2週間前、一体何が起きたのか想像できないくらいな父の姿を見れること、
何か、お腹あたりを骨折して入院しているような感覚にもなれてしまうこと、

難しい手術をしてくれた先生達の努力と、24時間体制で見守ってくれた集中治療室の看護婦さんたちと、一般病棟での父の助けをしてくれている看護婦とそのチームの人たちのこと、


命というのは、本当に紙一重ということ、

今後、父には厳しい道のりもあることはある。
好きなタバコは辞めさせたい。

ものすごい2週間を経験したこと、父は助からないかもしれないと言われた日から、毎日毎日良好へと変化していってくれたこと、

神様、私は、あなたの存在をまた見た気がします。

あとは、父の生きる力と努力。
あとは、私達みんなの祈りの強さを感じたこと。

この2週間、神様の業というのは、人を通して行われるというのを知った瞬間だったこと。

まだ、父は決して絶対完治!ということではなく、これからも危ない面が出てくることもある、

私には2週間前に父に「さよなら」をする余裕なんてサラサラなかった、覚悟なんて出来なかった。
神様の愛というのを感じるとしたら、この2週間、毎日私が父のいる病院へ通うことが出来た、そして、父とも会話も出来た。

この時間は、神様からの贈り物だと思う。

これからも、どんな事が起こるか分からない。
気が乱れることになる事だって起こるかもしれない。

だからこそ、今後も祈りを大切にしていきたい。

アーメン。

c0114797_2151928.jpg

[PR]



by eilene | 2016-08-09 13:21 | リディアの祈り

残るものは、信仰、希望、愛。

この間、バスに乗っていて思ったこと。

古い建物の立派な教会の前を私が乗ってるバスが通過。
その教会の建物を見てたとき。

ふと、コリント人への第一の手紙、
13章が頭に入ってきた。

13:13
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。


教会の建物も無くなるのだろう=教会の建物を修理する費用がない!と焦る心だとか、人々がお互いに、「あなたは間違っている」「私達は良いことをしている」という自分の目で計りものをした空しい言い合いも無くなるのだろう。

部分的なものはすたれる。 時代が来れば。

バスに乗っていて、13:13を心に本当に感じた瞬間だった。
ずばり的に当たった、すごい教訓だと思った。
マタイの福音書にも出てくるように、岩の上に自分の家を建てた賢い人であるようでありたい。

アーメン。
[PR]



by eilene | 2016-05-07 13:01 | リディアの祈り

Happy Easter

サマータイムが始まり、
春らしくなってきて、
イースターの時に、イエスを想う。

大きなドラマが生まれて、死に、3日目に復活。

これだけではなく、イエスの置いていった世界に希望を見出す。
難しいことばかりだけれども、希望を失わずに。

希望を失わないためにも、忍耐の愛は必要。
その愛にしがみついていたい。

イエスの祈り、アーメン。
[PR]



by eilene | 2016-03-27 11:23 | リディアの祈り

年末年始の間の祈り

2015年もあと少し。

2016年になるのもあと少し。

去る年も来る年も、
良いことも嫌なことも、
不運も幸運も、
悲しいことも嬉しいことも、
辛いことも楽なことも、

どんな事にも克服していけるようになって欲しい。

いつの日も主の心を考えながら。
[PR]



by eilene | 2015-12-30 11:11 | リディアの祈り

Christmas

Happy Christmas★ 

日本で「アンチ・クリスマス」の行進デモがあったとか。
そうだろうな、そうでしょうね、そういう感じですもんね、クリスマス。
イギリスでも、「クリスマスに一人は良くない!さびしいだろう!それは酷だ!」と、誰か相手が居ないのか?と強く思う/思われる事はある。
(日本ではクリスマスはロマンチックの日で、独身者たちには辛いイベント&資本主義に踊らされてるだけだ!と)

我が家はいつも2人です。寂しいと思ったことは一度もない。
クリスマスの25日は、私の作るチョコレートケーキを食べるのが恒例になってます。
今年のケーキ、成功しますように・・・。
お肉の焼きすぎもしないように。

クリスマスの日の朝は気合が入ります。←もうこれだけで一杯一杯(笑)クリスマスに人を呼ぶだとか絶対に無理!
私は、ケーキの仕上げと、お肉の出来加減に緊張します。←もうそれだけ(笑)

とにかく。

我が家はクリスマスの日もなんら変わらないのだけど(料理を作るとか)、
何故か、やっぱり心の中では特別な日だと思う。

皆さんの家にも平和が訪れますように。
クリスマスの祈り。
(クリスマスだけに限らないけれども)
[PR]



by eilene | 2015-12-21 15:25 | リディアの祈り

人間に必要ないもの

「格差」。

格差が、人を恨み、人を裏切り、人を誘惑する。

宗教でも何もない、一人一人がそれぞれに「格差」を快感を得るように生み出し作り出している。

あの人は良くて、あの人はダメ。
あれは良くて、これはダメ、など。
これは、全て人間自身が決めている事。
そして、その決めたことが、全て人間に戻ってくる事。

神さまが決めてくれた、のではない。

神さまは、一人一人の行動を鋭く見ている。
だから、神を畏れない人間達は人間らしくない行動を取る。

イエスの聖書からの言葉。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
 ヨハネによる福音書7章7節

これは有名な箇所で(姦通の女をその場で捉えてきて、イエスの前に連れ出し律法学者たちがイエスの反応を見てみたかった)、罪の許しや寛大さの偉大さについて語っていると教わっていたけど、違う角度から見ると、「格差」の問題を考えることなのかもしれないと気がしてきた。

あなた達と、この女と、どこがどう何が違うのか? という例え。
これは、キリスト教では大きな教訓。
イエスは(神の目の前において人間には)「格差」はない、とはっきり言っている。

これを、クリスチャンも誰もかれもが忘れてしまった。
「格差」は良い事だと教えられ、感覚が鈍り錯覚を覚えてしまった、その罪の大きさ深さ、、。

私達人間に一切格差はない。

世界には、生まれた時から「王室」の子供ったり、富豪の家庭で育ったり、恵まれない環境で育ったり、親が居なかったり、色々な事情があったり、、、色々な人がいる。
私達の目では、「あ~この人とは違うんだなぁ」と見えてしまって負い目や恐怖ですら感じるけれど。

どんなに違いがあっても、神様の目には誰もどの人も同じ目で見られていること。
確実に、何の差もない。

それを思って、「差がある」事を怖がらないでいよう。
それが大切。

アーメン。
[PR]



by eilene | 2015-11-24 11:41 | リディアの祈り

パリで起きた、テロ

・・・・・。

すでにこのテロに関わったとされる人たちが次々に逮捕され。
フランスの大統領が、そのテロの時にサッカー場に居た。
テロが起きる前に、フランスの大統領はサッカー場を早めに退場したとも言われ。
色々な情報が出てきて。
フランスは非常時態宣言。

・・・・・・・・・・・・。

そして、多くの市民が犠牲になる。
市民には何も出来ることがない。
この脱力感。

テロには屈しないんだ!!!敵をブッつぶせ!と声高々に言う人たちもいるけれども。
この連鎖がいつまで続くのだろう。
毎日が、戦争みたいな場面に遭遇していないのに一瞬の瞬間で多くの人が一気に亡くなる。
そんな体験をした、その人たちに「テロには屈しない!」なんて言えるのだろうか・・。

「こういう時こそ一致団結!」って・・・何の団結を言っているのだろう?
自分の力の限界を知った時、何も出来ない、そんな状態で、「テロには屈しない!」と言うことは、市民を盾にしているにしか聞こえない。

私は間違っていた。
イギリスでは、テロには屈しない!テロが起きても毎日変わらないように生活を続けるんだ!こういう思想があります。
私は、この思想が本当にカッコいいと思っていました。
カッコいい、、と思っていただけなのだと言うことが分かりました。
自分がその場に居たら「いつものように生活を続けるんだ!」そんな事思えないと思います。
「テロが起きても何事も無いようにいつもどおりに振舞おうぜ!怖がったらテロの勝ちだ!」


私は怖い。
テロを引き起こしている原因が解決されないから、また市民が犠牲になる、それが怖い。
怖いのに、怖がるなと思想を押し付けられるのが、それが怖い。
こんな事が何度起きれば済むのだろうか。


ここ数日間は、静かにこのニュースの行方を見ていました。

いつまで続くのだろうか。
[PR]



by eilene | 2015-11-15 13:33 | リディアの祈り

広島と長崎で平和を考える

現代では、市民をターゲットに殺戮する行為は「テロリスト」だと言われています。

世界的最大規模のテロリスト攻撃を受けた、広島と長崎(その後の後遺症で形は残っていること)。
そして、忘れては絶対にいけない、東京大空襲や他に市民がターゲットになった場所も含めて。

ここに、正当性や、被害者づらをする事もなく。
テロリスト行為があったことは事実。
それだけは、世界中で忘れてはいけない事だと思います。
原爆を、戦争の道具として、人間に使うという思考については人間にとって極度の悪意と凶暴さがあります。

この、悪意と凶暴を実行し、体験した、その事は人間は決して忘れてはいけない。


武器を揃えれば平和になるのだろうか。
攻められなければ、平和になるのだろうか。
平和のために武器を取るのが平和への道なのだろうか。

どちらが弱腰なのだろうか。
武器を手に震えている人か。
武器を多く持っている人か。
何も持たずに体を張る人か。

キレイ事を言うだけか。
あおい立てる事だけを言うか。

どうしたら、平和というのが実現するのだろうか。
IQの高い知性動物の人間には無理なのだろうか。

永遠の課題。
答えが見つかりますように。
鎮魂と、平和の輪が多くの人に訪れますように。
[PR]



by eilene | 2015-08-07 03:00 | リディアの祈り

イースターの時期で思うこと

「イスラム国」世界遺産・ハトラ遺跡など破壊する映像公開

全く同じ。
何が?
クリスチャン同士でも、カトリックとプロテスタントも過激だった/過激(現在形)。
何百年も前の話で、この時でもカトリックが豪華に建てた建物や教会内の内装をプロテスタントは「偶像礼拝だ!」ということでとことん破壊&カトリックとプロテスタントお互いに血生臭い殺し合いが続いた。
破壊された教会や内装は、今現在では観光の目的や歴史の勉強の場になっています。
(今でもカトリックVSプロテスタントのいざこざはある、特にサッカーにおいて)

だから、このような「イスラム国」の行為は私は驚かないです。
そして、中東やアフリカ諸国でのキリスト教徒たちの迫害、、これも許されない行為ですが、、。


こういう事を今の時代でもニュースで聞くと。
馬小屋で生まれたイエスが居た時代を思います。
現代よりも残酷で人権なども存在しなかった時代。

歴史的建造物だから壊されるのはとても残念ですが・・、アメリカや欧米諸国や助けている中東の国やイスラエルとガザ地区お互いに含めて、古い町が何年も全体的に爆撃されて壊され続いていることも同じ事。


私も、実は偶像礼拝には賛成しません。イスラム国のやっている事を賛成しているわけでは絶対にない。
(何が偶像で何が偶像でないのか?その境界線を見極めるのは難しいことですが、自分の中では、偶像礼拝というのは『人間の作られた物を「神様」として拝むこと』と定めています)
偶像礼拝を始めてから悪が生まれる、というのを、私は強く感じて納得しているからです。
自分で動くことが出来ない、金や銀物などで出来た物を礼拝しても無駄なのだ、というのを知ったからです。(これは旧約聖書の中で多く書かれています)
何か物を作り(お金でも仏像でも何でも)、それを頼みにし礼拝するという弱さではなく、目の見えないものを拝む、その精神的な強さを私は身に着けていきたいからです。


イースターの時期に思うことは。
イエスの「恐れることはない」という言葉。

自分に、恐れることがある。
こういう「イスラム国」などの暴力に対して、私も『こんな奴らはゴキブリみたいな奴らだ!一掃するべき!』という思いが出てくること。
そういう自分の思いに怖くなります。
こういう考えは、「イスラム国」のやっている行為、彼らの考えと全く一緒だから・・。

イスラム国の人々がやっている行為が、人間から出ているものであれば自ら滅び、彼らが「良し」として行っている宗教の定規行為は必ず同じように彼らにも裁きが下る。
そして、私たちが行う行為や思いも同じように計られる。


*主の祈り*

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです

アーメン
[PR]



by eilene | 2015-04-05 12:29 | リディアの祈り

Provokeを考える

ほんとに、人生の中にはたくさんの挑発事が起こる。
(*Provokeとは、人や動物を立腹させるだとか、挑発して怒らせるという意味)

どんな人に対しても挑発しない、挑発を人から受けても無視出来たり挑発に乗らない。

その精神的に強い力を持ちたい。

聖書の時代でも、多くの挑発や罵りはあった。
馬小屋で生まれたイエスという人物は多くの挑発を受けていた。
イエスも、その挑発との戦いだった。
(ただし、一つの出来事以外。それは、神聖な神殿内で人々が捧げ物を売り買いする場所と化していたときのみに、彼の苛立ちは起きた)

どんな人に対しても挑発しない、挑発を人から受けても無視出来たり挑発に乗らない。

これを私も心の中に染みこませて、埋め込んでいたい。


アーメン。
[PR]



by eilene | 2015-02-17 20:15 | リディアの祈り

質素ではなく、素朴な生活がしたい。人生山あり谷あり崖あり。スコットランドからこんにちは、日々思うことを「にっき」に書いていきます
by eilene
プロフィールを見る
画像一覧
Voted Scotland,2014
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

*リンク*

うちの人のフリッカーサイト
[象] Zou san


L&Cウェブサイト


I'm with Oxfam GB


私の心はここに 緑の党
*Scottish Green Party*


All Of Us First

ブログジャンル

画像一覧